ダルフールの背景
ダルフールの背景
(アムネスティUSA支部のDarfur Now Film Guideより)
2003年2月、2つの反政府武装勢力であるスーダン解放軍(SLA)と正義と平等運動(JEM)が、スーダン政府が遊牧民による襲撃から地元の村人を守っていないことやこの地域の経済的周縁化に抗議して、政府軍部隊を攻撃した。2003年3月、スーダン政府はジャンジャウィードと呼ばれる代理民兵の武装化を含む軍事攻撃でこれに応じた。
ダルフールにおける紛争は、組織的で広範な殺人・拷問・強かん・誘拐・略奪・強制失踪を含む、多くの想像できうるなかで最悪の人権侵害を引き起こしている。家屋や村すべてが完全に燃やされている。農作物や牛の窃盗や故意の破壊も蔓延している。数十万人もの民間人が殺害された。ダルフールの約260万人の民間人が家を逃れ、そのうち24万人はチャド東部で難民として正式に記録された。約17万人のチャドの民間人もまた家から避難した。
400万人以上の民間人が、これはダルフールの全人口の3分の2である、この紛争によって影響を受けている。SLAやその他の反政府勢力を含む、紛争のすべての当事者は人権侵害を犯している。しかしスーダン政府や政府の支援を受けたジャンジャウィードは組織的かつ広範な人権侵害に対する主な責任がある。
ダルフール紛争はチャド東部および中央アフリカ共和国(CAR)北東部に各国における既存の不安定さを高めながら飛び火している。ダルフールと同じように、殺人・拷問・強かん・誘拐・強制失踪・略奪・財産の破壊を含む、組織的な人権侵害がチャド東部とCAR北東部で起きている。チャド東部の民間人は増大する計画的で標的とされた攻撃に苦しんでいる。村々は略奪され破壊され、住民は強制的に追い出された。不安定な状態の風潮はコミュニティにおける民族間の緊張を高めている。
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